親と子はもっと気楽でいい|完璧を目指さない家族関係のつくり方
親と子の関係というのは、とても大切なものです。
ですが、大切だからこそ、必要以上に力が入ってしまうこともあります。ちゃんとしなきゃいけない、分かり合わなきゃいけない、いい親でいなきゃいけない、子どものために正しいことをしなきゃいけない。そんなふうに考えすぎると、親子関係は少しずつ苦しくなっていくことがあります。
でも本当は、親と子はもっと気楽でいいのかなと思います。
もちろん、無責任でいいという話ではありません。子どもを守ること、育てること、向き合うことはとても大切です。ただ、その中に少し肩の力を抜ける余白があってもいいのではないかなと思うのです。
親子だからこそ、いつも完璧でなくていい。今日はそんなことを書いていきたいと思います。
親も子も、完璧ではない
親になると、ついしっかりしなきゃと思ってしまいます。
子どもの前ではちゃんとしていなきゃいけない。正しいことを教えなきゃいけない。感情的になってはいけない。そんなふうに自分に厳しくなってしまう方も多いのではないでしょうか。
ですが、親も一人の人間です。疲れる日もありますし、余裕がない日もあります。言いすぎてしまうこともあれば、うまく伝えられない日もあります。
子どもだって同じです。毎日同じように元気なわけではありません。素直な日もあれば、反発したくなる日もあります。機嫌が悪い日、やる気が出ない日、ただ甘えたい日もあります。
だから、親子関係はいつも整っていなくてもいいのだと思います。お互いに完璧ではないという前提を持つだけで、少し気持ちは楽になります。
親子関係を重たくしすぎないことも大事
親と子の関係が苦しくなりやすいのは、そこに意味や責任を乗せすぎてしまう時かもしれません。
この一言で傷つけてはいけない。この対応が将来を左右するかもしれない。今ここでちゃんとしないとだめになるかもしれない。そう考えすぎると、何気ない毎日まで緊張感の強いものになってしまいます。
でも実際には、親子関係は毎日の積み重ねです。
一回の失敗ですべてが決まるわけではありませんし、一回うまくいかなかったからといって、それで親子関係が終わるわけでもありません。少し言いすぎたなら、あとで謝ればいい。すれ違ったなら、また次の日に話せばいい。そういう軽やかさも、家族には必要なのかなと思います。
ちゃんとしすぎるより、安心できる方が大事なこともある
子育てや親子関係では、どうしても「ちゃんとすること」が重視されやすいです。
規則正しく、礼儀正しく、ちゃんと勉強して、ちゃんと将来を考えて。もちろんそれも大切です。でも、その「ちゃんと」が強すぎると、家の中までずっと緊張する場所になってしまうことがあります。
本来、家というのは少し安心できる場所であってほしいものです。
失敗してもいい、疲れていてもいい、少しくらいだらけてもいい、うまく言葉にできなくても大丈夫。そういう空気があるだけで、子どもも親も少し呼吸がしやすくなります。
ちゃんと育てることより、安心して帰ってこられる関係を作ることの方が、長い目で見たら大きいこともあるのではないかなと思います。
親は先生ではなく、近くにいる大人でいい
親になると、何でも教えなきゃいけないような気持ちになることがあります。
正しいことを言わなきゃいけない。いつも導かなきゃいけない。立派なことを伝えなきゃいけない。そう思えば思うほど、親自身が苦しくなってしまうこともあります。
でも、親はいつも先生のようでなくてもいいのかなと思います。
近くにいる大人として、今日はこう思ったよとか、自分も失敗したことあるよとか、そういう話ができるだけでも十分意味があります。立派な言葉より、普段の空気や態度の方が、子どもには伝わることも多いです。
無理に完璧な答えを出さなくていい。わからない時は、わからないと言ってもいい。親子だからこそ、少し自然体で向き合える関係の方が長く続きやすいのではないかなと思います。

子どもも「親の理想通り」にはならなくていい
親はどうしても、子どもに期待をしてしまいます。
それは愛情の裏返しでもありますし、心配しているからこそでもあります。こう育ってほしい、こうなった方が楽だろう、こうした方が失敗しないだろう。そういう思いは自然なものです。
ですが、その思いが強くなりすぎると、子どもを一人の人間として見ることが難しくなることがあります。
子どもには子どもの性格があります。向いていることも違いますし、気持ちの動き方も違います。だから、親の理想通りに動かないことがあって当然です。
そこで大事なのは、思い通りにさせることではなく、その子なりのペースを少しずつ理解していくことなのかなと思います。気楽にというのは、放っておくという意味ではなく、余計な力を抜いて見るということでもあるのかもしれません。
親子でも少し距離がある日があっていい
親子だから、いつも仲良くしなければいけないわけでもありません。
話したくない日があってもいい。少し一人になりたい日があってもいい。子どもが親をうっとうしく感じる時期があってもいいですし、親が少し距離を取りたくなる日があってもいいと思います。
大事なのは、その距離を必要以上に悪いものだと決めつけないことです。
近すぎるとぶつかることもあります。だからこそ、少し離れて落ち着く時間がある方が、また自然に話せることもあります。親子関係は、ずっと密着していなければいけないものではありません。呼吸がしやすい距離感を探していくことも大切です。
楽しい時間があるだけで十分な日もある
親子で過ごす時間というと、何か意味のあることをしなきゃと思ってしまうことがあります。
勉強を見なきゃ、しつけをしなきゃ、ちゃんと話し合わなきゃ。もちろんそういう時間も大事です。でも、それだけではなく、ただ一緒に笑った、ただ一緒にご飯を食べた、少しだけふざけた、そういう時間にも十分意味があります。
親子関係は、何かを教える時間だけでできているわけではありません。
何でもない会話、ちょっとした笑い、一緒に過ごした空気。そういうものが積み重なって、安心感になっていくこともあります。だから、今日はうまく話せなかったとしても、一緒に穏やかにいられたなら、それだけで十分な日もあるのだと思います。
最後に
親と子は、もっと気楽でいいのかなと思います。
完璧な親でいなくていいし、完璧な親子関係を目指しすぎなくてもいい。時には言いすぎる日があってもいいし、少し距離を取りたくなる日があってもいい。そういう揺れを含めて、家族なのだと思います。
大切なのは、ちゃんとしすぎて心を固くしないことです。少し笑えること、少し安心できること、少し力を抜けること。それがあるだけで、親子関係はずいぶんやわらかくなることがあります。
親も子も、一人の人間です。だからこそ、肩の力を抜きながら、その時その時で向き合っていけばいいのではないかなと思います。
